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1. The Very Beginning  <はじめに…>   

子供ができるという未知の喜びを目の前にして、誰もがいろんな夢を抱くことだろう。私たちの場合は、喜びとともに、これから生まれてくる我が子が向き合わざるを得ない と思われる様々な壁についても、たくさん話し合ってきた。長男を身ごもったのは、今から16年近く前のこと。今でこそこの田舎でもたくさんの外国人を見かけるようには なったが、当時は本当に少なかった。学校に子供を通わせている人たちはほとんどいなかったし、相談できる人もいなかった。

ただ、心配は心配として抱えながらも、子供にはできるならば両親の国のどちらをも誇りに感じてもらいたかった。そして、将来二つの母国を、 自分の庭のように自由に裸足で行き来できるような人になってくれたら、どんなにいいだろうと思った。父の国の人々とも対話ができ、母の国の人とも対話ができ、 どちらの国の文化にも親しみを感じ、愛せるような、そんな子供に育ってくれたらいいなぁ。それが、私たちの親としての純粋な希望だった。

では、そのために親として私たちに何ができるだろう?先ず何よりも、強い精神力を持つ子供に育って欲しかった。問題にぶつかったとき、自分の知恵を絞り、 くじけず一歩ずつでも前進できるたくましい子供。そんな子供を思い描きながら子育てに取り組んで行こうと、思ったのだった。そしてそれと同時に、 二つの国の言葉をしっかり伝えることが何よりも大事なことではないかと考えたのだ。残してやれるような財産は何も持てそうにないが、言葉は素晴らしい贈りものに なるに違いないと二人とも考えていた。

言葉を伝えるということは、私たちの場合は英語と日本語の二つの言語を母国語レベルで使えるようにするということだった。日本に住む日本人同士の家庭が日本語を日常的に話す のと同じ感覚で、英語で会話をしようと考えた。何か特別なものを使って特別なプログラムをやろうというわけではない。暮らしそのものを英語に切り替えるのだ。親の英語が完璧である必要は ない。それは、この私が良い例だ。かつて2年ほど中学校英語教諭をしてはいたが、だからと言って、ペラペラと会話ができたわけでは決して無い。 今だから白状するが、夫と出会った頃の私の英語は、会話にすらならないほどのシロモノだったのだ。バイリンガル教育に取り組み始めた頃の私の英語力は、すでに夫と 英語での会話を始めて3年経っていたので、多少は進歩していたかもしれないが、それでも大したものではなかったはずだ。 結婚してからの16年、付き合っていた頃の2年を含めると18年間にわたって、私には英語の個人教師が24時間体制でついていたことになる。夫があいさつ程度の日本語しか知らずに来日したことが幸いし、 私のめちゃめちゃな英語でも彼の日本語より随分ましだったというわけで、私たちの会話は、つきあい始めた当初から英語だった。(最初は会話にならずに沈黙が漂うばかりだったことも…) そういう点から見ると、息子と私たちのバイリンガル教育の記録は、つまりは私自身の英語上達の記録とも言えるかもしれない。(汗)その辺りについては、時間とスペースの余裕があれば、 また後から記してみたいと思っている。

英語の学習というと、高額な英語学習用のビデオを購入し、それを子供に見せることを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、ただ単にテレビの画面を見ている だけで、英語が身につくものだろうか。例えばそのビデオを媒介にして、親子で会話を楽しむ、そんな普通の生活の繰り返しがあってこそ、言葉は中身を 伴って子供に伝わっていくものではないだろうか。つまりは、必ずしも高額なビデオが必要なわけではないと私は思うのだ。一番大切なことは、英語を子供と一緒に楽しむ 気持ちだ。英語を使って歌を楽しんだり、英語を使いながら家事の手伝いを一緒にしてもらったり、そんな日常の親子の時間を英語で楽しみながら繰り返し行うことの中で こそ、英語が自然な形で子供に伝わっていくのではないだろうか。それは、日本に生まれた私たちが、生活の中で自然に日本語を学んできたのと同じことなのだ。英語に精通していることに越したことはないが、 親がどれほど英語を完璧に使いこなせるかということよりも、要は、どれだけ多くの時間を英語で意思伝達する時間に費やせるかなのだ。生活を充分に楽しみながら 、英語を使って会話をする。そうすれば、自然と楽しい思い出が英語とつながりを持つはずだ。その楽しい気持ちを共有し、更に充分な時間を費やして英語を繰り返し使うことによってのみ、英語を使う習慣が身につく。 今、長男との14年間を振り返ってみて、時には厳しすぎた自分たちの態度を反省しながら実感していることは、楽しさに裏づけられた習慣こそが、 後々英語が使えるようになるかそうでないかを握る大きな鍵だったのだということだ。

子供だって大人だって、楽しかったことは繰り返して続けたくなる。できる限り言語学習のプレッシャーを振り払い、楽しむことに先ず集中してみる。そして、それを毎日継続すること。 言葉の学習に魔法なんて存在しないし、早道などないのだということを今実感している。私たちは、初めての子育てで手探りだった分だけ、長男には厳しく英語を躾けて来たかもしれない。特に 父親である夫は厳しかった。時に、横で見ている私でさえ、もう少し緊張を弛めてくれるといいのにと感じたこともよくあった。しかし、夫にとって見れば異国に住みながら、自分の国の言葉をどうしても息子に伝え、 将来自由に語り合えるようになりたいという切実な願いがあったということを私はいつも忘れてはならないと思っていた。私はと言えば、長男のその時々の様子を見ながら、たずなを弛めたり締めたりしつつ、 振り返ってみると揺ら揺らと息子に合わせるようなバイリンガル教育の姿勢を保ってきた。夫には、いさめられることもしばしばあったけれど、二つの言葉を伝えたいと願う基本的な気持ちはいつも変わらなかったつもりだ。

この春から長男は中学3年生になった。そして小学6年生、2年生、年少と弟たちが続く。私たちのささやかな取り組みをいつか記録にまとめておきたいと思うようになってから随分時間が経ってしまった。子育てに 追われて、大事な記録を記さないまま季節ばかりが過ぎてゆき、忘れてしまっていることもたくさんあると思うが、末の子が幼稚園に入園し、少しだけ自由な時間が持てた今、ようやく実行にうつせそうでうれしい。 この記録を先ずは、長男と私たちの思い出のために、次に、長男の後に続く3人の息子たちのために記していこうと考えている。そして、これが、どこかで同じようにバイリンガル教育に取り組んでいらっしゃる方々との 情報交換のきっかけになってくれたなら、本当にうれしい。

次は… 2. Before the Baby was Born <二人の夢>
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